遠い、泥、有刺鉄線、雨滴の内部へ──沢渡朔に。

空が翳っていく。

鈍色の雲の柔らかさ、つや、重たさ、気だるさ、その微妙な色、光の変容を見ている。

記憶に鮮烈に留めようとする時、私はそこに言葉を介在させているのだろうか。

眼を閉じても見える。

鉛、銀、煙草の灰、石灰、プラチナ、アルミ、ドブネズミ、雨に濡れたコンクリート、ホルベイン水彩のピーチ・ブラックとグレイ・オブ・グレイ、葡萄、菫、鳩。

それらのどれでもない、それらの混じり合った色。それらが錯綜する光。

それらをどう表せば、それは私の感じている色になるのだろう。

 

決して追いつけないものを追うとはどういうことなのだろう。

 

それそのものから離れても限りなく近くあるためには?

 

言葉はどの時点で訪れたのだろうか。

言葉はどの時点で、あるいは自分から走り出してそれを追い越していくのだろうか。

 

(初出 集英社『すばる』)

 

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